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	<title>Rue89Japon</title>
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	<description>Rue89Japon</description>
	<lastBuildDate>Thu, 09 Sep 2010 14:19:37 +0000</lastBuildDate>
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	<item>
		<title>ラ・ロッシェルにて、ロワイヤルは一体感を狙う。「よろしく !!マルティーヌ」</title>
		<description>&#160;&#160;&#160; 今年、社会党の夏季セミナー〔8月27-29日〕の初日、彼女らは行動をともにした。しかし当日の夜は、ロワイヤルがフランス2で、オブリーはTF1で、各々8時のニュースを担当する。

&#160;

&#160;
（ラ・ロッシェルにて） ここ数年、社会党はそれほど混乱した政党ではない、などと誰が言ったのか？　例年の夏季セミナーは継続して行われているが、その様子はかくも異なるというのに、だ。
&#160;
&#160;&#160; 例えば、第一書記長が代わり〔2008年11月〕、欧州議会選挙〔2009年6月〕で敗北を喫するが、地方議会選挙〔2010年3月〕の勝利がそれを忘れさせた&#8230;&#8230;。しかし、ある戦いがいまだ潜在していて、相変わらず、ラ・ロッシェルの会場で、あるいはその外で演じられている。
&#160;
&#160;&#160; 二年前、Rue89は「女性たちの戦い」に関する記事を掲載した。もちろん、セゴレーヌ・ロワイヤルとマルティーヌ・オブリーの、党首の座を巡る対立に由来する記事だ。その後、周知の通りオブリーはロワイヤルを破ったが、二人は戦いを終えたわけではなく、ただ行き過ぎた攻撃を控えているだけである。
&#160;
&#160;&#160; この党首選挙の直後、二人は互いに手を差し伸べはしたがしっくりいかない。そんな経緯を経て、彼女たちのうわべの仲直りは、その後明らかに冷淡な様相を呈した。欧州での選挙戦の終盤に、党はセゴレーヌ・ロワイヤルを必要とせず、所属する彼女の支持者は引き離されたのだ。
&#160;
&#160;&#160; その後、ポワトー・シャラント地域圏の知事を任期満了となるロワイヤルは、当然のことだがこれまで戦ってきた地方議会選の表舞台に再び出てくるのである。
&#160;
「私はマルティーヌ・オブリーの対抗馬にはならない」
&#160;&#160;&#160; しかしながら、マルティーヌ・オブリーの〔地方議会選挙における〕全国的な勝利と、セゴレーヌ・ロワイヤルの知事選の勝利は、二人の間の緊張を緩和し怨恨を和らげた。彼女らは穏やかに再会する。
&#160;
&#160;&#160; 3月31日、パリのラスパイユ大通りにあるロワイヤルの事務所で一時間、さらにひと月後にも&#8230;&#8230;。出版されたばかりの『Petits meurtres entre camarades』（ロベール・ラフォン社）において、第一書記長の代理人、フランソワ・ラミーがそれを裏付ける。
&#160;
「彼女らは定期的に会い、お互いに声を掛け合っている&#8230;&#8230;。マルティーヌが関係を安定させているのだ。［中略］予備選挙はセゴレーヌにとっては一種の落とし穴だ。もし彼女が勝てば、党を離れるわけにはいかないだろう&#8230;&#8230;」
&#160;
&#160;&#160; 二人は2011年の予備選挙でライヴァルになるのだろうか？　それはあるまい！　2007年大統領選挙の元社会党候補者〔ロワイヤル〕がそう断言しているのだから！
&#160;
「マルティーヌ・オブリーが決心するなら、私は彼女の対抗馬にはならない」と、彼女は自ら繰り返す。これは明快で、必ずしも刺々しい態度でないことが功を奏する。
&#160;
&#160;&#160; それを証拠づけるのが、今年の、ちょうどラ・ロッシェルに二人が到着する前の出来事だ。マルティーヌ・オブリーが、この夏、治安問題に関する議論において無策を露呈したせいか、セゴレーヌ・ロワイヤルはこの社会党の行き詰まりに終止符を打つべく、月曜日〔8月23日〕、『ル・パリジャン』誌のインタヴューで、応戦のために剣を抜いた。
&#160;
&#160;&#160;&#160; 彼女は、2007年〔大統領選挙時〕の自らのスローガン「公正な秩序」を復活させるよう党幹部に働きかけているのだという。少なくとも彼女は、懸案の治安問題に関してなすべき提案を持っているからである。勇敢な一撃だ。
&#160;
「あらゆる候補者を前に、私は予備選挙を制する」
&#160;&#160; 1週間もかからずして二人の競争は再燃した。再び、『リベラシオン』の記者、ダヴィッド・ルヴォルト・ダロンヌの上述の著作に戻るが、そこには二人の発言が次のように記されている。いずれも共に予備選挙への出馬の可能性に関わるものだ。
&#160;
●マルティーヌ・オブリー：「私は2011年の初めまでに、決心します」
●セゴレーヌ・ロワイヤル：「他の全ての候補者を前に、私は予備選挙に勝利するつもりです」
&#160;
&#160;&#160; 党の夏季セミナーの幕開け直前という木曜日に、このような書物が出版され、二人はいらだつ。しかし、後戻りすることはない。一歩は一歩であり、とにかくこれは、今後二人がもう走り回る必要のない道を構築するためのステップなのだ。同日、二人は自らの言葉を強調しさえした。
&#160;
●セゴレーヌ・ロワイヤルはRTL〔ラジオ・テレヴィジョン・ルクセンブルク：欧州最大のメディアグループ〕にて慎重に：「選挙運動のやり方は心得ている」
●マルティーヌ・オブリーは『ル・ポワン・フランス』〔『ル・ポワン』誌のウェブマガジン〕で皮肉を込めて：「スクープよ、大統領選挙の前に私は決心を告げます」
&#160;
オブリーはバルコニーで、ロワイヤルはテーブルで
&#160;&#160; 今週、メディアの話題を独占するには十分だ。が、二人は間近にいるのだから相手が優位に立つのを見逃すつもりはない。お互いにそれが目につかないようにしているのか。
&#160;
&#160;&#160; 木曜日の夕方、マルティーヌ・オブリーは、集まっていた党員やジャーナリストを前に、シャラント＝マリティムにある社会党の小さなバルコニーから、この夏の自らの沈黙を破った。その直後、セゴレーヌ・ロワイヤルはそのジャーナリストらを夕食に招いている。夏季セミナーがまだ公式に始まっていないのは幸運だった。
&#160;
&#160;&#160;&#160; これが木曜日の出来事だ。しかし彼女たちがセミナー初日の金曜日など、どうでもいいと思ったのではない。これから二人は以前にも増して激しく対立するはずだが、この夏季セミナーでは公平に仕事を分担しているように見えた：セゴレーヌ・ロワイヤルには初日の開会宣言、マルティーヌ・オブリーには最終日の閉会の挨拶、という具合に。
&#160;
&#160;&#160; さらにメデイアに対して金曜日の夜、マルティーヌ・オブリーはTF1の8時のニュースで、セゴレーヌ・ロワイヤルはフランス2の同じく8時のニュースでインタヴューを受けることになっている！　二人の剣は下ろされる、しかしこの同志たちは互いに様子をうかがうことを止めたわけではない。
&#160;
「希望がフランスを作ることを可能にする」
　　一方、夏季セミナーが催されているエスパス・アンカン（ラ・ロッシェル）では、開会早々から「一体感」という言葉が常用されている。この言葉は何度も語られ、そして完璧に演出されるのだ。マルティーヌ・オブリーが、上階で根気よくセゴレーヌ・ロワイヤルの到着を待ち、最良のライヴァルである彼女とともにメインホールへ入ってゆく。
&#160;
　　並んで腰掛けた二人は、言葉を交わし微笑みあう。そして、ポワトー＝シャラント地域圏知事は演壇に登ると「どうぞよろしく、マルティーヌ」と語り始め、「団結しましょう、私たちは結束を維持するのです」と締めくくった。おそらく、「希望がフランスを作ることを可能にする」という分かりづらい表現を具体化するのに必要なのだろうか&#8230;&#8230;。
&#160;
　　しかし、我々はそれほど慎重ではない。もし仮に、報道カメラマンや映像カメラマンが、彼女たちの取り戻した「一体感」のイメージを十分にカメラに収められなかったとしても、セゴレーヌ・ロワイヤルは演壇を降りるとき第一書記長と一緒に立ち去るために、彼女の席までわざわざ遠回りしてくれる。「さあ、お祝いに一杯飲もう」と党員の一人が声を上げると会場が沸いた。
　
&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; 　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　ラ・ロッシェルの娘たち
　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　「我々は似たもの同士、ともに進もうね !!」
&#160;
写真：左からアーレム・デジール、ベルトラン・ドゥラノワ、マルティーヌ・オブリー、セゴレーヌ・ロワイヤル、ジャン＝ルイ・ビアンコ、 2010年8月27日、ラ・ロッシェルにて（オドレイ・セルダン／Rue89）
&#160;
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=6028</link>
			</item>
	<item>
		<title>なぜフランスの国鉄SNCFはいつも遅れるのか</title>
		<description>&#160;&#160;&#160; 輸送量、気象状況、車両の老朽化、悪質な交通妨害など、鉄道輸送の遅れにはいくつもの原因がある。

&#160;

&#160;
&#160;&#160;&#160; 今年、160万以上の人々が、ヴァカンスの目的地を目指して列車を利用した。SNCFの努力にも関わらず、遅れの頻度という観点からみると、7月は1年のうちで最悪の月となった。
&#160;
SNCFが遅れる三つの理由：

・内部の原因―計画上の失敗または機械などの故障。
・設備関係－摩耗したレールや架線の懸垂線の切断などの工事。
・外部の原因－乗客の病気、非常警報装置の作動、怪しい荷物の発見、設備に損害を与える悪質ないたずらなど。
&#160;
&#160;&#160; SNCFのリストによると、7月にはイル＝ド＝フランス鉄道網を運行する8.4％の列車の到着に5分以上の遅れがみられた。2010年には92％が定刻通り運行という目標を掲げていたが、その目標を下回る結果である。
&#160;
パリ近郊輸送部門トランジリアンの多過ぎる輸送量
&#160;&#160;&#160; 2009年には、8.8％の遅れがトランジリアンで認められた。フランスでもっとも多く利用されている路線の一つである。毎日、5700以上の列車がその線路を通過している。地域圏列車、TGV、貨物輸送なども含まれる。イル＝ド＝フランスを通る列車の運行は、SNCFでは、路線の収益率を保証している。（RFF、2009年、国立交通マップをダウンロードしてください。）
&#160;
&#160;&#160;&#160; 7月には、悪質な妨害行為に対して、設備の信頼性を高めるために、6億３千万ユーロの投資が、RFF とSNCFによって同意された。
&#160;
&#160;&#160; しかし、その老朽化したインフラストラクチャーは、度重なる事故にみまわれている。7月には、鉄道の所有者であり管理者であるフランス鉄道線路事業者は、イル＝ド＝フランス鉄道網のメンテナンスと近代化のために4百万ユーロを投資する約束をした。
&#160;
&#160;&#160;&#160; 問題は、トランジリアンが1日に2800万人の乗客を運んでいることだ。しかも、10年で乗客数は25％増加した。そのため運行している列車数を4年で10％増やした。
&#160;
&#160;&#160; さらにこのような集中的な輸送量は、工事の実施に支障をきたす。ダイヤの限られた空き時間つまり運行の停止が予測される時間帯である夜間に、メンテナンスのチームは仕事をしなくてはならない。例えば、パリ市内－サイト《Castor》－の地域圏急行鉄道網RERの C線の主要な区間のトンネルの改修は、1997年から2017年の間、20年がかりで行われる予定だ。
&#160;
《これはレースだ。集中的に作業をしようとすれば、また支障をきたすことになる。工事を進める上での難しい点は、ドミノ倒しのように、鉄道網を運行する多くの列車を遅らせる原因を次々と作ることになることだ》
&#160;
と、ユニオン南鉄道の連邦政府機関のメンバー、ステファン・ルブランは解説する。

&#160;
&#160;&#160; 地域圏急行鉄道網RERの A線 とB線の一部を管理するパリ市交通公団RATPの従業員によるストライキに加えて、1月26日から、RERのB線は、北駅の運転手の交替の廃止により最初のプラス効果を経験する。時間の正確さについては36％の改善がみられた。
&#160;
SNCF の多過ぎる工事現場
&#160;&#160; 2009年、18.8％の遅れが、SNCFの旅行代理店サイトによって記録された。およそ6万本のTGV とTeozが、昨年5分以上の遅れを被った。この数字は平均すると次のようになる。
&#160;
・1日おきに3時間遅れが１回発生、すなわち1600人の旅客に対し１人がこの遅延に遭遇
・１日に1時間の遅れが8回発生、すなわち100人に対して１人がこの遅延に遭遇
&#160;
&#160;&#160;&#160; 7月の最初の週、TGVは79％、Teozは74％だけが定刻通りであった。この遅延のうち40％は内部の原因であった。今年は、年の始めの大雪、嵐、ヴァール川の増水など、悪天候が重なり、車両や鉄道の設備がダメージを受けた。
&#160;
&#160;&#160;&#160; 工事現場の増加は列車の遅れの要因の一つである。同じ路線で、列車は時折、4、5か所で減速しなくてはならない。時速160キロから100キロで通過することを余儀なくさせられる。
&#160;
&#160;今から2013年までに、毎年、およそ900キロメートルの路線が改修されることになっている。2006年には400キロメートル改修された。
&#160;
&#160;&#160; 遅ればせながら始まった、このメンテナンスの工事に、開発計画が付け加わる。2016年をめどに、フランス鉄道線路事業公社RFFは、大急ぎで、フランスの鉄道網の40％を拡張することを予定している。
&#160;
&#160;古すぎるアンテルシテ鉄道網
&#160;&#160;&#160; アンテルシテ鉄道網は、2009年には16.07％の遅延を認めている。格付けの最後、地方都市間を運行する列車の時間の正確さの率は、2008年（84.84%）に比べて低下した。アルク・アトランティックは、春には運行障害を経験した。暴風雨シンシアの後、4月には、ラ・ロシェルとロシュフォール間で3か所、時速40キロメートルの速度制限を強いられた。
&#160;
しかし、コライユ型車両（30年以上使用）の老朽化が設備の故障の主な要因である。
&#160;
&#160;&#160; 収益が上がらない鉄道網、アンテルシテの列車は、年間1億ユーロの赤字の原因となっている。この赤字はSNCF には重く、長期の鉄道網の消滅を懸念させ得るものである。
&#160;
一番時間に正確な地域圏急行輸送TER
&#160;&#160;TERに関しては、2009年には、遅延8％と常に一定していた。TERの毎日の112000人の乗客はSNCFの乗客のうちで最も運がいい。この鉄道網は地域や国の支援の恩恵に浴している。2002年1月1日から、地方の鉄道輸送機関は、地方圏議会の管轄下にある。
&#160;
TERアキテーヌは、特に、TERの開発に出資するために、10年間に、10億ユーロの協力を予定している。
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=6018</link>
			</item>
	<item>
		<title>この男がフェイスブック、グーグル、ユーチューブ、アップルなどを攻撃する</title>
		<description>&#160;&#160; マイクロソフトの共同創設者ポール・アレンはネット上の情報リサーチで頻繁に使われているテクノロジーの所有者は自分だと思っているようだ。

&#160;

&#160;
&#160;&#160; マイクロソフトの共同創設者で世界の資産家37位にランクされているポール・アレンがグーグル、ヤフー、フェイスブック、アップル、AOL、ユーチューブ、E-Bayを含む最新テクノロジーで知られる11の大企業を訴追しようと現在考えていることを知り、シリコンバレーで（世界中の）ハイテク専門企業とみなされている全企業は驚いたそうだ。
&#160;
&#160;&#160; 今まで読者がこのことを知らなかったとしても、これらのサイトを読み、ネットで多くのことができるのはポール・アレンのお蔭なのだ。この人物こそ、ハイ的産業に関するほぼ全ての始まりと言えるだろう。
&#160;
&#160;&#160; 同氏が創設した10ほどの会社の一つ、インターバル・ライセンシング社はオンライン情報リサーチ分野で登録された4つの特許に関する訴追をワシントン連邦裁判所に金曜日行った。
&#160;
&#160;&#160; これらの特許は2010年の時点であらゆるネットユーザーにとって全く問題など起こらなくなった行為に関係があると言う。しかし、BBCやテククランチの特別サイトを信じるなら、アレン氏は訴追することでこれらの特許を保護したのだと断言する。例えば、
&#160;
&#160;情報リサーチ用ウエブナビゲーターを使用すること
&#160;これらの特許に関係するデータがネット上に現れたら、ユーザーに警告するシステム
&#160;ポップアップを出現させる（新たなコメント、新情報、株式相場、写真やビデオ）
&#160;
&#160;&#160; 57歳の同氏は敵意を見せる大手ウエブ企業から過去に自分の発明を略奪されたかわいそうな人のように見られたことはないだろう。なぜなら、ビル・ゲイツと共に1975年、マイクロソフトを創設し1983年にこの会社を去ったとはいえ、この業界に留まり今日、135億ドルともいわれる資産を持っているからだ。
&#160;
グーグルに対し、アレン氏は競争を避け法廷闘争を選ぶ
　それで、同氏がアメリカ合衆国で最高のハイテクイノベーション企業に挑むなら解決策は2つしかない。
&#160;
&#160;自分の企業の特許が実際損害を被ったことで、裁判に持ち込む必要がある
&#160;競争相手を困らせようとする
&#160;
　攻撃された企業は当然、このライバル会社を困らせる方法をとるだろう。これはほぼ全人類にとって有益な進歩にブレーキをかけることだと遠回しにポール・アレンを非難して、グーグルのスポークスマンは次のように言った：
&#160;
「アメリカで最高のイノベーション企業の内の数社に対する訴えは、市場より法廷で張り合うことを選んでいる何人かの人達の残念な傾向を反映しています。
&#160;
イノベーションとは‐訴訟と違い‐世界中にいる何100万人もの人達に利益をもたらすサービスや商品などを市場に与える方法です」
&#160;
　　フェイスブック側では、スポークスマンが告訴は《根拠のないもの》と通知し、更に企業ネットワークは《この告訴には徹底的に立ち向かう》と付け加えている。
&#160;
奇妙なことに、アレン氏はマイクロソフトを訴えない
　競争相手を悩ませることを目的とした訴訟だという主張はすでに重要なデータの裏付けがある。というのも、ポール・アレンはこの業界で最も世界的と言われている大企業の一つを訴えていないからだ。実際、この企業も同氏の主張する特許の恩恵に与っている。では、その企業とは？マイクロソフト社だ。
&#160;
　スペシャルブログ、クランチジャーとしては、ポール・アレンが《他社の考えを明らかにし、この分野の進歩を減速させるための方法を思いついただけにすぎない》と言う。この［思い付きの概略］について、ディヴァン・コードウェルが書いている：
&#160;
「変化と発明の時期に誰かがアイディアを持ちそれを具体化する方法があるとすれば、その人は自分が実際に考え出した方法だけでなく、そこから派生するかもしれないあらゆるものやこれらの亜流から生じた独自の製品の持ち主になることができる」
&#160;
　テククランチが引用したウォールストリートジャーナルによれば、《アレン氏はテクノロジーなど自分自身では全く開発していないのに、それらの特許を持っている》のだそうだ。
&#160;
　BBCにインタヴューされたインターバル・ライセンシング社のスポークスマンはそのことを否定してはいない：
&#160;
「およそ10年前、ポール・アレンのために働いていた人達によって開発されたテクノロジーの一部はすでに研究や電子商取引の分野ですでに重要になっています。これらのテクノロジーは私達が日々おこなうネット上の行為の中に入り込んでおり、今日の産業に対しその価値を示しました」
&#160;
　結果として、ポール・アレンは旨味のある成果を得たいと思ってはいるようだが、損害賠償の要求額はまだ明らかにしていない。
&#160;
　しかし、同氏が勝訴したとしても、自分だけ賠償金の恩恵に浴するのではないと言える。なぜなら、7月に、資産の一部の莫大な額を寄付することを考えている超リッチな仲間、ウォーレン・ビュフェットやビル・ゲイツと共にチャリティーに参加したからだ。同氏にとってこのチャリティーへの拠出が大半を占めることになりそうだ。
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=6015</link>
			</item>
	<item>
		<title>サルコジとラマダン：ブログ上の風刺がニュースになる</title>
		<description>　 &#171;フランス語で&#187;ラマダンを行うようイスラム教徒達に勧めるサルコジ：アラビア語のメディアに真に受けられてしまったあるブログ&#160;&#171;Alash？&#187;（フランス語で&#171;何故？&#187;）に書いているモロッコ人のブロガー、アーメッドの読者は風刺術の傾向を知っている。

&#160;

&#160;
　８月の初め、彼は今年ラマダンのフランス版を理解するようフランスのイスラム教徒達を励ますため、一連の措置についてニコラ・サルコジによって想定された発表についての短い記事を掲載した。
&#160;
　問題は、彼の冗談が一部のアラブイスラム世界でまともに受け入れられてしまったことである。
&#160;
このブロガーは想像上のサルコジを挙げ、このように述べる。
&#160;
&#171;私の親愛なる同郷人、フランスのイスラム教徒達はイスラム教徒である前にフランス人である。コーヒーとクロワッサンが朝食というフランスの古い伝統は［一ヶ月のラマダンの間］放棄するべきではない。
&#160;
　アル－アズハール大学のファトワ（イスラム教における布告・勧告）や少数派のイスラム教徒達に関係のある法解釈どおりに、フランスのイスラム教徒達には、仕事に行く前の朝8時に、他の全てのフランス人がしているように朝食にコーヒーとクロワッサンを食べて一日を始めることを断念することが許される。&#187;
&#160;
　アーメッドのサルコジ像はイスラムの見解を取り入れるようイスラム教徒達に促しながら言葉を続ける。
&#160;
&#171;我々は共通してフランス語を話し、我々はまたフランスのイスラム教徒である。同国人のように、私の親愛なる市民達はフランス語で聖書（コーラン）を読まなければならない。私は全てのイマーム達（イスラム社会の指導者）にコーランを読むよう、そしてイスラムがフランスの宗教となるようにフランス語で祈りを捧げるように勧める。&#187;
&#160;
基となるソースとして引用されたアラビア語によるＣＮＮのウェブサイト
　ジョークとして始まったことがいまや、いくつかのブログや中東のオンラインフォーラムを通して言い広められている。ソースを言及することなく事実の報告として紹介された記事を見て、ブロガーは警告付きで反対の事実を書きながらオリジナルの短い記事に現在性をもたせた。
&#160;
&#171;この記事は架空の出来事による風刺的な話だ。目的はサルコジと［中略］フランスにいる少数派のイスラム教徒との関係に対処することだった。&#187;
&#160;
　　この&#171;スクープ&#187;はCNNArabic.comにも浮上した。アーメッドはこのようにコメントしている。
&#160;
&#171;事態を更に悪化させているのは、記事が風刺的であることを確かめもせず、ブログの短い記事の抜粋をアラビア語のCNNインターネットサイトが掲載してしまったことだ。いくつもの&#8220;真面目な&#8221;サイトが&#8220;CNNのサイト&#8221;を［基となるソースとして］引用し、&#8220;スクープ&#8221;を再び取り入れているのである。非常に危険極まりないことだ！&#187;
&#160;
　Fr&#232;res musulmans（イスラム同胞組織）のエジプトの団体が、&#171;イスラム教の信仰に対する攻撃&#187;だと形容するものを糾弾する記事を、自身のサイト上に掲載した。&#171;アラブとイスラム政体の学者と指導者達にこの無意味さに対して反論するよう、そして宗教の自由を侵害されたとしてサルコジを起訴するよう求めている。&#187;
&#160;
ニコラ・サルコジの&#171;超現代的なファトワー(布告)&#187;
　多数のブログ、オンラインのニュースサイトやフォーラムが記事の最下部にアーメッドの短い記事を取り入れたようだ。多くの他のブログの中で例を挙げるとすれば、Basratouna.comやイラクのオンラインフォーラムであり、このフォーラムは次のように掲載した。
&#160;
&#171;サルコジ大統領、すなわちパリのムフティス（イスラム教の法学者）は、市民権を軽んじないように、聖なるラマダンの月の間は明け方にクロワッサンとコーヒーを朝食に取るようフランスのイスラム教徒達に認めるという超現代的なファトワーを表明した！&#187;
&#160;
　新聞は、今度は歴史を繰り返すようだ。ヨルダンの日刊紙Adustourは&#171;サルコジのフランス式ラマダン&#187;というタイトルを付けた最後のページにその記事を発表している。
&#160;
モロッコの日刊紙al-Alamは次のタイトルで記事を掲載する。
&#160;
&#171;サルコジ大統領はラマダンの聖なる月の間フランス版の断食と祈りを勧める。&#187;
&#160;
　クウェートの新聞al-Darは&#171;真実&#187;欄に記事を載せ、&#171;サルコジ大統領が断食を実現する時&#187;というタイトルを付けている。
&#160;
　アラビアテレビAl-Arabyaのチャンネルでも同様である。（アラビア語のビデオ参照）
&#160;

&#160;
　アーメッドが自身の風刺を盗作され、歪曲されたことでショックを受けているようだが、表現の自由に反対していないことを告白する。にもかかわらず、インターネット上の情報やニュースを取り上げる人々のために、&#171;いくつかの忠告&#187;をしている。それは以下の3つだ。
&#160;
1.&#171;公表されていることを支持する前に、少なくとも2回は情報やニュースを読むこと
2.そのソースを言及し、そのソースへのリンクを追加すること
3.間違いが生じるかもしれないということを読者に知らせること。&#187;
&#160;
別の言い方をすれば、正直になること。
&#160;
ヒシャム、スザンヌ・レーンによる翻訳
&#160;
写真：画面に映し出されているモロッコの日刊紙al-Alam
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=6010</link>
			</item>
	<item>
		<title>中世フランスを学ぶ一日</title>
		<description>&#160;&#160; 中世のフランスはいわゆる封建制度による社会システムが支配しており、後の時代に比べると王権がそれほど強大ではなく、広大な領地を有する諸侯が大きな力をもつ時代でした。しかし、これらの地方領主の宮廷では様々な文化が生み出されてもいました。
&#160;
&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; 
&#160;
&#160;&#160;&#160; 中世というと、何となく「暗いイメージ」がありますが、実際には貴族や聖職者たちだけではなく、民衆の間でも、エネルギーに満ちあふれた生活があったことが次第に明らかになってきています。
&#160;
&#160;&#160; そんな中世のフランスを、政治、社会、宗教、文化、建築、生 活、料理、音楽など、様々な観点から学ぶイベントです。
&#160;
&#160;&#160; 充実した 講義の合間には、吟遊詩人（トルバドゥールやトルヴェール）の音 楽演奏をはさみ、講義終了後には、中世宮廷の食卓を再現したデモ ンストレーション、そして中世の音楽のコンサートを聞きながら、 最後には全員で中世の料理をいただく、といった非常に豪華で多彩 な内容です。
&#160;

&#160;
内容：講義（宮廷・騎士道の中世、キリスト教の中世、都市の中世、中世における日常生活、中世の食卓の再現；トルバドゥールやトルヴェールの歌、ジョングルールの音楽の演奏入り）、コンサート（１８時半より）、中世の料理人タイユヴァンのレシピによるディナー（１９時ころより）
&#160;
&#160;プログラム：ベルナール・ド・ヴァンタドゥール「陽の光を浴びて ひばりが」、リシャール獅子心王「囚われ人は決して」、作者不詳「王のエスタンピー」他
&#160;
出&#160;&#160;&#160; 演：マガロン依子（講義）、ジョングルール・ボン・ミュジシャン（演奏：名倉亜矢子（歌、ゴシックハープ）辻康介（歌、語り）上田美佐子（中世フィドルほか）近藤治夫（バグパイプ、ハーディ・ガーディほか））
&#160;
開催日：９月２３日（木祝）キュルチュール・インターナショナル・クラブ「中世を学ぶ一日」
場&#160;&#160;&#160; 所：上野毛キュルチュール・インターナショナル・クラブ（世田谷区野毛3-10-16）
時&#160;&#160; &#160;間：１３時～２１時
会&#160;&#160;&#160; 費：１６８００円
&#160;
問合せ：03-5758-3875、 cic@culture-francaise-tokyo.co.jp
詳しくはウェブサイトをご覧下さい。
http://www.culture-francaise-tokyo.co.jp

&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=6002</link>
			</item>
	<item>
		<title>Facebookヴィンテージ： 50年代のWeb 2.0</title>
		<description>　インターネットヴィンテージ：Skype、YouTube、Twitter、Facebookの広告は、まるで50年ほど前に発明されたWeb 2.0のシンボルのよう。

&#160;
&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; &#160;&#160; 

&#160;
　「すべてが速く古びる」のスローガンのもと、ブラジル広告代理店モーマ・プロパガンダは、ブラジルのマーケティングとコミュニケーションのプロ共同による毎年恒例イベントMaxiMidiaの広告のため、ポスターを作成した。
&#160;
&#160; インターネット上のイノベーションとして思い出させるレトロな方法で、すぐに時代遅れになってしまう。
&#160;
&#160;
&#160;
&#160;
&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; 
イラストレーション： Facebook、Twitter、 YouTube、Skypeのヴィンテージ（モーマのMaxiMidia広告用）
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=5996</link>
			</item>
	<item>
		<title>セーヌ河沿い、ラダマンの船上の精神病院</title>
		<description>&#160;&#160; セーヌ河沿いのラペ港の中に新しい種類の建物が水に浸かっている。知る人ぞ知る船上の隠れたバーなのか？いや、ヴァル=ド=マルヌ県にあるエスキロール精神病院の診療センターなのです。案内しよう。

&#160;

&#160;
&#160;&#160; 成人精神医学科の責任者であるフレデリック・キディシャンは、7月6日から係留されているこの船について、有益な投資と説明する：
&#160;
「セーヌ河は理にかなった財政解決のように思われます。シャトレにある建物の賃貸借は2012年末で支払期日になるため、患者さんを受け入れる新たな場所を探さざるを得ません」。
&#160;
&#160;&#160; パリの一番大きな通りに投資するというアイデアは平底船に住む病院の二人の先生から出た。600平米の建物で200万ユーロ。
&#160;
&#160;&#160; 毎日20～40人の人がそのセンターに通院する。彼らは精神的問題や、精神病、分裂症などの症状を治しにやってくる。パリの1区から４区に住みながら、遠くにもかかわらず彼らは精神病の通院のために家を出る。
&#160;
看護チームと5年の働き
&#160;&#160; 水に浮かぶ建築物、ガラスと環境を考慮した高品質の木製の建物に特化している建築事務所のサンデザインによって実現されたこの建物は、あらゆる空間へ無限の航行を可能にする。
&#160;

&#160;
&#160;&#160; 一つの円形の建物からもう一方の空間へ、患者は川面と同じ高さのレベル2に位置する厨房を通りながら図書館からカフェに移動できる。サンデザインの創業者、ジェラール・ロンザッティはラダマンのコンセプトを次のように説明する：
&#160;
「私たちは看護チームの要求すなわち全体的にコミュニケーションのための場所という彼らの要求とともに5年間一緒に建設のために働いてきました」。
&#160;
木製の船体の上で「アダマン」というボートの名前がはっきりしてきました。それは「adamantin」（ダイヤモンドの硬さと輝き）と「amant（愛人）」の造語です。その建築には、今までの病院に共通するものは何もありません。だからまわりの平底船と混同されます。とフレデリック・キディシャンは語る：
&#160;
「時折、バーに入るつもりでセンターのドアを越えてくる旅行者もいます」。
&#160;
「水の動きは私たちを揺らす」
&#160;&#160; 浮き橋の上で、2人の患者は煙草を焦がしている。セバスチャンはラダマンについて彼が考えていることを慎ましやかに説明する：
&#160;
「ここは穏やかな場所です。水の動きが私たちを揺らします。パリ中心部のシャトレでは車の騒音が悩ましかったです。私たちにとって環境は重要です。というのもそれは何よりもまず病院は治療の場所だからです」。
&#160;
&#160;&#160; 都市の真ん中に位置する治療センターは、疎外感と閉じ込められることに対しての闘いが運命づけられた社会性のある場所としてみなされた。ジャックリーヌ・シモネ看護師はいう：
&#160;
「船上の精神病院という考えはフランスの精神病のイメージ、しばしば危険とみなされるイメージを変えることになります」。
&#160;
現在、精神病センターの大部分は、患者の来院募集に悲鳴を上げ、センターの責任者は日々患者受け入れを保証させられる。
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=5992</link>
			</item>
	<item>
		<title>金を払ってポルノに出る：これは買春行為にあたるのか</title>
		<description>&#160;&#160; ポルノに関する私の記事に対して（特にこのトピックが好きなわけではないがこれは私の担当だと思わざるを得ないので）ある読者が小さなプロダクショのポルノ映画のキャスティングについて証言してくれた。２人でやりとりを進めるにつれて次第にこのキャスティングの経験は実に示唆に富んだものだということが理解できるようになった。

&#160;

&#160;
　この読者を、そう、仮にマイケルと呼ぼう。彼は最初、濡れ場を撮影し夢を実現しようとした：
&#160;
「私はただのポルノ好きになっていた。だから女優にはもう金を渡してあった。ところが誰も撮影せず、わたしのカメラだけが三脚にセットされ、いくつかのシーンをi-Phoneで撮った。撮影されたシーンは上映できないものだった。」
&#160;
&#160;&#160; もっと納得のいく結果に到達するためにキャスティングの段階からプロダクションとかかわることに決めた。このプロダクションに連絡すると報酬を出そうとは申し出てくれず、ワンシーン作るのに金を払えと伝えてきた。つまりマイケルは１５０ユーロ負担し（撮影の前に半額、後に半額）撮影した画像に対する所有権を譲渡された：
&#160;
「百歩譲って条件を呑んだ。パートナーの女優はすでに３００ユーロ受け取っていた。つまり主要な他のプロダクションから前もって受け取ったものに加えて１５０ユーロ手にしたわけだ」。
&#160;
　マイケルが出演したシーンは３人もので、もう一人の俳優が１５０ユーロ払った。結局、女優は２人の俳優が払った金をまるまる手に入れたというわけだ。しかし女優たちの間で仕事の取り合いになることはないようだ：
&#160;
「顔を写されても構わないというやる気のあるアマチュア女優を見つけるのにプロダクションは苦労してきた。共演するはずだったプロの女優は撮影のほんの数時間前になって約束をすっぽかしたのだ。幸い、２～３作しか撮ったことのないアマチュアの女優が見つかったのだ」。
&#160;
売春婦とＡＶ女優の境界線はきわめて曖昧
　数少ない女優とせっかちな男優。プロダクションはこのアンバランスを利用して男優には本来かかるはずの出演料を支払うことなく撮影できる。マイケルによれば（私も同意見だが）このアンバランスは男優とポルノ女優の社会的な受け止められかたの違いで説明がつく：
&#160;
「ポルノに出演する男性は女性と同様に見られない。女優のほうは『売春婦として仕えている』とみなされるが男優のほうは『主導権をとる人物』とされる。私の意見ではこれがかなり基本的な見方である。
&#160;
男優たちは単にセックス好きでおそらく少し露出趣味のある奴らだ。なにしろ大々的に放映されてもいいと思っているくらいだから。これは私にもある願望だ。それを実現してしまったのだ。わたしはそう見ている」。
&#160;
売春婦とＡＶ女優の境界線はきわめて曖昧になっている。「セックスワーカー」と呼ぶこともできる。プライベートまたはカメラの前で仕事をして現金化しているにすぎない。だが、一旦ビデオがインターネット上に流れると社会的記録を消すことは難しくなる。だからすべての売春婦が撮影を受け入れるわけではない。それはかなりレアなケースだ。
&#160;
&#160;&#160; それにポルノ女優と寝ることは多くの男性の夢である。女優のなかには売春婦ももちろんいる。が、全員がそうとは限らない。結局彼女達が両方の行為をしないのであれば全く似て非なるものである。
&#160;
制作者は禁固２０年または３００万ユーロの罰金にあたる可能性も
　パリの弁護士エマニュエル・ピエラ氏によれば、マイケルが体験した珍事は明らかに売春斡旋を規制する法律の複数の条文に抵触するおそれがある：
&#160;
「売春斡旋は３つの要素で構成される。複数の人間の関与、性的行為、金銭の授受である。関係を仕組んだ人間がその行為によって利益を得ているのは明らかだ」。
&#160;
　今回のケースはこれにあてはまる。映画を売ってプロダクションは金銭を得るはずだったのだから。しかし、この弁護士によれば「全てのポルノ産業」が理論的にはこの定義を満たしている：
&#160;
「フランスでは、売春斡旋に対して多くの防御手段がとられていることからわかるように全てのポルノが違法である。が、実際は大目にみられているのだ。俳優の間で金銭のやりとりがあったという事実は私の考えでは刑を重くする可能性のある要素である。
&#160;
このケースは法的には、『ホテル内での売春斡旋』と呼ばれるものに相当する。ホテルの主人は売春婦とお客のやりとりに関して金を取るわけではないが、売春婦が部屋代を払うことによって利益を得ている」。
&#160;
　ピエラ氏はそのような売春は禁止されていないことを私に思い出させた。一方、売春斡旋は麻薬の流通とともにフランスでもっとも多く罰せられてきた犯罪のひとつである。刑法第２２５条５項と次の条文でマイケルが関わったプロダクションのふたりの監督は、組織的に売春斡旋した罪で禁固２０年と３００万ユーロの罰金を科される可能性がある。
&#160;
　このことは、この法律が結局は寛大で、（もしもあなたの父親か母親が売春行為をしたら成人に達した時あなたは理論的には売春斡旋の罪を負うことになる。というのは彼らの売春行為から利を得ているからだ）セックス産業が、他の産業より神聖視されていることを示している。
　
結局、マイケルは夢を実現できて幸せなのだ。そして忘れずに続きを語ってくれた：
&#160;
「これを続けるなら私を駆り立てるのは：他の何よりも高揚感だ。自分の映像に金がかかる、それは事実だが、数年前、他人に迷惑のかからない程度に（節度をもって）欲求に従って人生を生きようと決意したのだ。
&#160;
その上、そうすれば必ずしも私が会うことのない新たな人々に出会うことができるし、未知の世界の裏側を発見し、新しい経験ができる」。
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=5987</link>
			</item>
	<item>
		<title>フランスでの人種差別的環境を理由に帰国を決意</title>
		<description>&#160;&#160;&#160; &#8220;私は決心しました。２０１１年に最終的にモロッコへ帰国します。&#8221;モハメド、２５歳　エンジニアは帰国の意を表した。

&#160;
　　　　　　　
&#160;
&#160;&#160; １年近く前から、（国家的アイデンティティの議論の開始によって）多数の政府役人や与党党員が有色人種への偏見や、明らかな人種差別意識を強めていきました。
&#160;
&#160;&#160; モロッコからの移民として、私はとりわけイスラム教徒コミュニティに対する全ての声明や治安偏重の法律をとても深い侮辱ととらえました。（最近では、ジプシーやルーマニア人に対しても同じような差別が始まっています）このことがきっかけとなり、私は母国へ帰ることを決めました。そしてこのような決断をしたのは、私一人ではありません。
&#160;
&#160;&#160; 私は２５歳のエンジニアで、給料は月手取りで２７００ユーロもらっています。私は一度も警察に逮捕されたこともありませんし、身分証明書の提示を求められたこともありません。
&#160;
　私は無神論者であり（正確に言うと、不可知論者です）、 ソーセージ、ビール、またラグビーが大好きで、夏には様々なフェスティバルを訪れるのをとても楽しみにしています。なので、私は国民運動連合（サルコジ氏の所属する党派）の大衆迎合主義の非難の標的にされる人々の類には属していません。
&#160;
　それでも、この国家アイデンティティの議論に端を発した二つの現象によって、以前はタブーとされていた人種差別が普通に話題に上がるようになり、明らかに状況は悪化しているように私の眼には映ります。
&#160;
１つ目として、フランス人はどうして私が人種差別的なジョークを聞くことで傷つくのか理解しません。
&#160;
　実際、私はフランスに住むようになってからいつも人種差別的なジョークを受けてきました。私はジョークを笑い飛ばしますが、彼らのジョークが楽しいものではなくて、人を傷つける内容の場合は彼らに反論したりもしました。
&#160;
　しかし、１年前から私は人種差別的なジョークに対して我慢することができません。内務省の大臣がある人種差別的なジョークを言ったことは、フランス人のイメージの中に人種差別的な決り文句がどれほど深く定着しているかということを示しています。そしてその差別的な決り文句を私に結びつけられ、私は我慢の限界を超えました。
&#160;
２つ目は、道での＜小さな老婦人＞の視線でした。その視線はとても鋭いものです。私がそばを通る時は、かばんを両手にきつく抱え、歩く速度は速くなります。
&#160;
　また自分自身、この老婦人又は老紳士が（男性もこの＜小さな老婦人＞のコンセプトにとても良く合うと思います）、新聞を広げ、携帯に電源を入れながら、差別を他国からの移民にしている。彼らはイスラムの若者は仕事もなく、イスラム教はフランスの価値観に到底釣り合わないと思っているように感じます。私自身、そうだとは信じたくないのですが。
&#160;
大学卒業後、フランスに残ることを決意
　私は大学卒業後フランスで働くために、フランスに滞在する外国人学生のコミュニティに属しました。エンジニアの学校において、このコミュニティはかなり大きな団体です。私の学校（フランスで有数の有名大学）において、モロッコ人学生の比率は（フランス国籍を持たない）１５％を超えます。労働人口においては、１０％もいます。
&#160;
　私が知る限りでは、同級生達は同等の割合で（大体１０％～１５％）、通信、IT、または金融の分野で就業しています。そのように、モロッコは沢山のエンジニアをフランスに供給しているのです。（正確な数字はわかりませんが）
&#160;
　しかしながら、このような人々の中で母国に帰る人々はますます増えています。実際モロッコ政府は、とりわけ最新科学技術において近隣諸国の企業を受け入れるといった国家を活発にしていく政策に大量な投資をしています。
&#160;
　この政策は、エンジニアたちにとってとても魅力的なものです。つまりエンジニアへの仕事の需要がとても高まっているのです。大学の元同級生は、エンジニアの学校卒業後、約２００００ディラハムの給料を受け取っています。（最低賃金の１０倍！）
&#160;
　この国家の推進力は（同じような状況がほかの近隣諸国でも起こっています）、５％の成長を導いています。そしてこの数字は現在の国家の経済状況に比例しています。
&#160;
不可知論者の為、モロッコで感じる居心地が悪さ
　モロッコでは祭儀の自由が尊重されていない為、私はモロッコを離れました・・・。しかし、フランスでも祭儀の自由はもうありません。私はいくつかの理由によってモロッコを去ったのですが、
&#160;
１つ目の理由は、思春期時代、私は自分が家庭やモロッコ社会において、あらゆる点でイスラム教の習慣に全く相いれないものであると感じたことでした。
&#160;
２つ目の理由は、モロッコ社会では、文化や芸術の分野においてとても劣っているということです。実際、音楽を演奏したり、コンサートや映画館に行ったり、展覧会、美術館巡りができればと望んでいました。
&#160;
　しかし、私の地元（アガディール）ではそれらがあまりにも欠けていました。たった１つの汚い映画館があるだけで、しかもその映画館では何年か前の大ヒット映画が上映されるだけです。美術館はありませんし、もちろん展覧会もありません。また唯一の音楽のスタイルは、クラブで流れるようなPOPかエレクトロだけでした（私は両方嫌いです）。
&#160;
　しかし物事はどんどん変化しつつあります。生活習慣の自由は進んでいて、女性のスカートは短くなり、バーは人で溢れかえり、フェスティバルは継続的に行われ、ロック、ラップやレゲエのグループは名声を得るようになっています。
&#160;
　私たちは確かにまだフランスの文化に比べると、豊富さや多様性といった面からはまだ遠いところにいますが、モロッコ文化はまさに発展しているところです。公然と無神論者を表すモロッコ人はますます増えていますし、家族的モデルも彼らにより多くの自由を与えるようになりました。
&#160;
顔と名前がいつも私をイスラム教徒にする
　一方で、フランスでは私はいつもイスラム教徒だとみなされます。周囲の人々は、私がモハメドという名前を持ちながら不可知論者であるということを理解しません。人々は私がどうしてラマダンをしないのか理解しません。私は２日間で１０数回＜地獄に落ちろ＞といったジョーク混じりの言葉を耳にしました。
&#160;
　私が無神論者だという告白は受け入れられませんでした。なぜなら、モロッコ出身だということ、私の顔、私の名前がいつも私をイスラム教徒にしてしまうからです。そのことによって、私はフランスでのイスラム教に対する全ての非難（直接または間接）から狙い撃ちされているように感じるのです。
&#160;
　私は決心しました。2011年に最終的にモロッコに帰国します。なぜなら私がモロッコを離れるきっかけとなった理由は無くなったわけですし、フランスで生活する上での満足感は薄れつつあります。
&#160;
　さらに、このような決断をしたのは私一人ではないと思います。数に表わす必要があるでしょう。もし一人のアラブ人が母国に帰るのだったらまだ良いですが、母国に帰る人が沢山いるのであれば、それはすでに大きな問題であるからです。
&#160;
写真 : Seine-Sant-Denis、ブラッソン職業専門学校にあるマリアンヌのモノクロ半身像
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=5980</link>
			</item>
	<item>
		<title>若者の失業：若者が語る</title>
		<description>マッシー、サン・ドニ、パリの職安から出てきた若者に話を聞いた。

&#160;

&#160;
サン・ドニ：「不法就労しか残っていない」

&#160;
　８月真っ盛りであるにも関わらず、サン・ドニの職安は人であふれている。失業者の波が後を絶たない。その中には若者も多くいる。
&#160;
　 履歴書、銀行口座証明、職安の申請用紙、ＩＤカード、滞在証明書：かばんの中に全て入っている。ナタリア、２０歳も初めて職安にやってきた。スーパーで訪問販売をしながら、何カ月も仕事を探してきたが見つからず、インターネットで職安に登録をした。
&#160;
　ナタリアはＢＥＰ（職業教育訓練）のセールスの資格を持ち、腰の問題で仕事を辞めるまでプレタ・ポルテの店で契約社員として働いていた。高校の初年度ＳＴＧに復学するも、家庭の事情で高校を辞めた。
&#160;
　８か月前から、仕事を探しながら金銭的に臨時で働く恋人に頼って生活をしている：
&#160;
「他の人に頼るのは嫌だが、今では他に方法がない」。
&#160;
　ナタリアは恋人のいとこと一緒に職安へやってきた。２人とも１４：４０にアポイントメントがある予定だったが、サンドラはその場を離れた。
&#160;
　「２か月前から職安で相談の順番を待っている」
　 ブリュターニュのヴィトレ出身の若い既婚女性は、サン・ドニに引っ越してきたばかりだ。２か月前にフランス西部を離れ、工場での契約の仕事をしなければならなかった。職安には、ヴィトレからサン・ドニに問題なく移管された自分の書類申請について知るためにやってきた。だが、相談日はその日ではなかった：
&#160;
「ヴィトレであれば初めての相談には２週間待ち、サン・ドニでは２カ月待ち」。
&#160;
ホテルの運営ＢＥＰの１年目で、彼女はドロップアウトをした：
「今ではホテルにはあまり仕事はないわ。それに高くついたし。毎月学費は６００ユーロの私立だったし」。
&#160;
　最終的にこの１９歳の少女はＲＡＴP（パリ交通公団）との面接を希望した。友人の一人がＲＡＴＰで働いているという「コネ」のお陰で面接を掴んだ。もしうまくいかなければ地元の事務所を理容師、もう一度就職活動養成口座を改めて受けると言う。
&#160;
就職口があったのだから物事をこなしていく。「でもそれも全ては９月から。８月は全滅」。
&#160;
セン・サン・ドニに住みつくかどうかはまだ決めていない：
&#160;
「ここは物価が高い。画家の夫とヴィトレに住もうかと考えている」。
&#160;
&#160;
コネ信奉者
　 コネ、これもまたセルー（ギニアの元首相）の黄金の法則だ。職安のすぐ隣に住むある外国人学生は、もし、彼がいつも子細に探している募集のページでなければ、職安に直行する。出会った多くの若者のように、彼も１つの仕事を見つけるためにコネ以外にないと考えている。
&#160;
　 ２０歳、クレテイルにある法学部の３年生だ。ギニア出身、夏のために仕事を探しているが無駄に終わっている。今年、ファーストフードのチェーン店と２５時間の契約をした。
&#160;
職安の機能方法に困惑している：
&#160;
「&#160;最初は、用紙を５枚提出するよう言われる。ＩＤカード、労働許可証・・・そしてまた手紙が来て他の書類を持ってくるよう言われる。こちらの申請を遅らせたいのかと思う。そしてかなり時間が経って、就職の３日前に呼び出される。例えば１７日の連絡が１４日に来る。過去に遡り、相談時間には戻れません」。 
&#160;
それでも職安に通い続ける：
&#160;
「ディスニーランド（パリ）の近くのヴァル・ヨーロッパに就職口があると聞く。だが何もない。自分に残るのは不法労働のみ」。

&#160;
&#160;

&#160;
パリ、「地方で仕事を見つけるのは難しい」
&#160;
　８月中旬、ウルク運河のスペクタクル事務所（パリ１９区）は閑散としていた。この火曜、職を求める１０名程度が入口の戸を押した。ジェレミーは閉館３０分前の１７時頃に到着した。２９歳、舞台および劇の舞台セットの制作をしている非正規雇用労働者であり、自分の能力の範囲を広げようと彼は決めた。
&#160;
　９月からAfdas（舞台芸術訓練保険）が彼に出資し、メタルの装飾の養成学校に行くことになっている：
&#160;
「今は木工しか扱っていません。メタルについて知れば、更なるノウハウを蓄積だきるだろうと思いました。装飾関係者の多くは２つの面に優れています。色々できる方がいいんです」。
&#160;
　養成期間中はAssedic（職安）へ行くことは不可：６ヶ月後に再登録しなければならない。職安は演劇関係での非正規雇用の現実の中での当たり前の一歩にしか過ぎない。たとえ就職口があまりないとしても：
&#160;
「自分で何とかして仕事を見つける。４年前から働いているが、人事の話でのみしか職安には来ない。インターンシップ、登録・・・。時々募集広告が出たが、我々はこういう風には働かない」。
&#160;
　初めての仕事をジェレミーは最底辺から取ってきた。フランシュ・コンテ（フランス北東部）出身、パリに２００５年に上京、知り合いもいない、経験もない、自信すらない：
&#160;
「こうしてこういう仕事をするようになったんだ。色んな工房を回って仕事がないか見たよ。最初はイベントでの仕事、次に事務所の応接室、そして少しずつ劇場での仕事を見つけたんだ。やって来て、仕事があるか聞くとこう答える＜あるよ、水曜８時に来てくれ＞と。そこから、１週間、２週間、時々３週間。予想がつかない」。
&#160;
　最初は、大した経験もないジェレミーはそんなに熱中もできない基本的な仕事を割り当てられた。特に思いだすこともない。彼にとっては、経験というより年齢の問題ではない。
&#160;
彼の上司の一人は年下だった。２年で知り合いの幅を広げ、コメディー・フランセーズやコリン劇場で働くようになった。現場の一つは３カ月も続く。「ラッキー」だ。
&#160;
　彼は自分の地位（Assedicへの権利）を得るのに必要な労働時間である５０７時間を積み重ねたが、いつでも職を失う可能性があることを彼は知っている。
&#160;
「特に初めがきつかった。経験もなく、５０７時間、長すぎる。でもここからは、自分のためだ。たとえスタートが他の人より遅くてもね。
&#160;
年上の非正規雇用労働者は心配している。なぜなら数年前から僕らの地位は落ちてきているからだ。だけど、もし選べたとしても僕は正規より今の非正規の方がいい。色んなアトリエで働くことができて、色んな人にも出会えるから」。
&#160;
ディジョンの美術学校ＯＢの彼は、リヨン、トゥールーズのような大都市を除いて地方で仕事を見つけるのは「ほぼ不可能」と判断しているが、パリを離れることを考えている：
&#160;
「劇場の舞台装飾の仕事では、これほどの機会があるのはパリだけ。でもどこかへ行きたいんだ。パリは地元ではないし、パリはすごいけど、特殊だよ。高すぎる。もうすぐ３０才。他がいい」。
&#160;
&#160;

&#160;
マッシー、「モード界からマクドナルドへ」
&#160;
　２５歳以下の１５％が失業者のマッシーでは、学期が始まる前から地元のvita citeの事務所は就職活動中の若者でいっぱいだ。相談窓口にいたジェシー・シタダン２１歳は、将来の計画をしっかりと持っていた。
&#160;
　服飾のバカロレアを取得し、彼女はもう一度就職活動をしようと考えている。社会的キャリアを考えているのだ。初めての相談日。カウンセラーは彼女を安心させ、
&#160;
「ボールはあなたの側にあります。私たちはあなたの味方です。最善策を見つけます」。
&#160;
彼女は言う：
&#160;
「スタイリストになりたい。先生はその専門の就職口はあまりないと事前に言ってくれていました」。
&#160;
不採用通知の山という苦い経験で彼女はすっかりやる気を失っている。２年間、彼女はマクドナルドで１カ月５００ユーロでバイトをして自動車免許を取るための資金を貯めている。&#160;
&#160;
&#160;
職安登録&#160;
　２００９年１月の合併以来、自発的に職安センターへ行くのは不可能で、登録は今後設備が不要なネット、もしくはダイヤル３９４９番という間接的な方法で行われる。職安の絶望的に陽気な音楽に乗って音声案内が流れる：
&#160;「１分につき１１サンチームかかります」。
&#160;待ち時間が１５分になる日もある。

　長い概略のあと、ようやく人間の声である。しかしその１本の電話のみである。オペレーターが質問をし、身分証、仕事を失った理由を聞き出し、登録表を完成させる。

「失業」という言葉は全く使われない。３分もせずに登録完了だ。そしてセンターでの次回の相談日が与えられる。

「今朝は休みなく働いた」とある職安の職員が言った。「受けた電話の９１％以上は５分もかからずに解決した」成果は統計として登録される。合理化の問題で「問題を扱っている程暇じゃない」。履歴書３９４９という匿名で回答があった。
&#160;
&#160;
&#160; </description>
		<link>http://www.rue89japon.com/?p=5973</link>
			</item>
</channel>
</rss>
